ハワイの新聞記事から その199 1956年 アメリカのファッションが展示会のためにパリに送られる(1) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。
前回まで、シリーズ記事の中のカメハメハ・ガーメント社に関する部分を
お届けしました。
今回からは一旦そのシリーズ記事からは離れて、
カメハメハ・ガーメント社に関する記事をいくつかご紹介しようと思います。
まず最初は、同じ1956年のホノルル・アドヴァタイザー紙に掲載された記事で、
内容はパリの展示会に出展した話の詳報です。
『アメリカのファッションが展示会のためにパリに送られる(1)
編集者注:カメハメハ・ガーメント株式会社は、
ギャラリー・ラファイエットでの展示会のために
パリにファッションを送った会社の中の1社である。
ハワイの衣料品産業はこの展示会のために、
ハワイアン・プリントの服をいくつかフランスに送ったのである。
米国は女性物のファッションで地位を得ようと努力している。
米国政府は前例のない動きで、
パリでファッションショーを開催することにしている。
この大胆な冒険は、パリ最大の百貨店の1つである
ギャラリー・ラファイエットの要請を受けて、
米国広報・文化交流局が企てている。
関係者はショーを成功させると確信している。』
ハワイの衣料品産業をメーカーごとに紹介するシリーズ記事の第3回として
カメハメハ・ガーメント社が取り上げられていたものを、
前回まで翻訳してきました。
その記事の中で、
「ギャラリー・ラファイエットが後援する、パリでのアメリカ合衆国フェアで
自社のデザインを展示することになっている」
と述べられていましたね。
カメハメハ社がパリの展示会に送った、ハワイアン・プリントのドレス。
今回の記事は、その展示会に関する詳報になります。
しばらくはこの記事を翻訳していきます。
(次回に続く)
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。
前回まで、シリーズ記事の中のカメハメハ・ガーメント社に関する部分を
お届けしました。
今回からは一旦そのシリーズ記事からは離れて、
カメハメハ・ガーメント社に関する記事をいくつかご紹介しようと思います。
まず最初は、同じ1956年のホノルル・アドヴァタイザー紙に掲載された記事で、
内容はパリの展示会に出展した話の詳報です。
『アメリカのファッションが展示会のためにパリに送られる(1)
編集者注:カメハメハ・ガーメント株式会社は、
ギャラリー・ラファイエットでの展示会のために
パリにファッションを送った会社の中の1社である。
ハワイの衣料品産業はこの展示会のために、
ハワイアン・プリントの服をいくつかフランスに送ったのである。
米国は女性物のファッションで地位を得ようと努力している。
米国政府は前例のない動きで、
パリでファッションショーを開催することにしている。
この大胆な冒険は、パリ最大の百貨店の1つである
ギャラリー・ラファイエットの要請を受けて、
米国広報・文化交流局が企てている。
関係者はショーを成功させると確信している。』
ハワイの衣料品産業をメーカーごとに紹介するシリーズ記事の第3回として
カメハメハ・ガーメント社が取り上げられていたものを、
前回まで翻訳してきました。
その記事の中で、
「ギャラリー・ラファイエットが後援する、パリでのアメリカ合衆国フェアで
自社のデザインを展示することになっている」
と述べられていましたね。
カメハメハ社がパリの展示会に送った、ハワイアン・プリントのドレス。
今回の記事は、その展示会に関する詳報になります。
しばらくはこの記事を翻訳していきます。
(次回に続く)