ハワイの新聞記事から その407 1937年 ワットムルス~イースト・インディア・ストアの売場紹介 [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
今回は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
売場紹介の写真と説明を
翻訳します。
****************************
『1937年 ワットムルス~
イースト・インディア・
ストアの売場紹介
メンズ・ウェア
シルク・シャツ、パジャマ、
ネクタイ、キモノ、
ラウンジング・ローブ、
スポーツ・ウェア
ビーチ・ウェアと
スポーツ・ウェア
マリヒニ・ハウス・コート、
スイム・スーツ、
ビーチ・パジャマ、
スポーツ・シャツ
ランジェリーとパジャマ
最新カットのスリップ、
ガウン、パンティ、
就寝用パジャマ、
ラウンジ用パジャマ、
ドレッシング・ガウン、
シャンハイ(訳者補足:
中国風デザインの)・
ホステス・ガウン
ヤーディッジ
(訳注:ヤード単位で
切り売りする布地)
ブロケード(金襴)、
ダマスク織、
コットン製プリント生地、
壁縮緬のプリント生地、
ロウ・シルク製
ハンドブロック・プリント生地
キモノ・ルーム
ビーチ・ウェアや
レジャー・ウェア用の
最新キモノ・モード、
マンダリン(訳者補足:
中国風デザインの)・コート、
刺繡入りイブニング・ラップス
ハワイアン売場
手彫りの木製皿、
サラダ・サーバー
(フォークとスプーン)、
テーブル・マット、
土産物、人形 』
****************************
メンズ・ウェアの売場では、
「アロハシャツ」という
表記がありませんが、
1937年には、
「タパ柄」のプリント・
シャツは売られていた
ようなので、上の表記では
「スポーツ・ウェア」の
中に含まれていた
のかもしれません。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
今回は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
売場紹介の写真と説明を
翻訳します。
****************************
『1937年 ワットムルス~
イースト・インディア・
ストアの売場紹介
メンズ・ウェア
シルク・シャツ、パジャマ、
ネクタイ、キモノ、
ラウンジング・ローブ、
スポーツ・ウェア
ビーチ・ウェアと
スポーツ・ウェア
マリヒニ・ハウス・コート、
スイム・スーツ、
ビーチ・パジャマ、
スポーツ・シャツ
ランジェリーとパジャマ
最新カットのスリップ、
ガウン、パンティ、
就寝用パジャマ、
ラウンジ用パジャマ、
ドレッシング・ガウン、
シャンハイ(訳者補足:
中国風デザインの)・
ホステス・ガウン
ヤーディッジ
(訳注:ヤード単位で
切り売りする布地)
ブロケード(金襴)、
ダマスク織、
コットン製プリント生地、
壁縮緬のプリント生地、
ロウ・シルク製
ハンドブロック・プリント生地
キモノ・ルーム
ビーチ・ウェアや
レジャー・ウェア用の
最新キモノ・モード、
マンダリン(訳者補足:
中国風デザインの)・コート、
刺繡入りイブニング・ラップス
ハワイアン売場
手彫りの木製皿、
サラダ・サーバー
(フォークとスプーン)、
テーブル・マット、
土産物、人形 』
****************************
メンズ・ウェアの売場では、
「アロハシャツ」という
表記がありませんが、
1937年には、
「タパ柄」のプリント・
シャツは売られていた
ようなので、上の表記では
「スポーツ・ウェア」の
中に含まれていた
のかもしれません。
(次回に続く)
ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ(276)本日終了&新出品のアロハシャツ [ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ]
本日は週末なので、
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回は、
「本日終了のアロハシャツ」と
「新出品のアロハシャツ」を
ご紹介します。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n1095129683
鳥居と松の木の柄です。
織ネームは読みにくいですが
「ファーニリー・インク」と
書かれているのでしょうか?
マイアミのリンカーン・
ロードにある(あった)
お店の名前のようです。
両裾にポケットが付いた
「マイアミ・タイプ」です。
素材はレーヨン、
ボタンは大きめの
花形のメタルボタンです。
かなり高値で終了しました。
続いてはこちらになります。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1095411196
藁ぶき屋根の家と滝、
帆掛け船などが描かれた
日本の風景柄です。
ブランドは「アロハシャツ」で、
日本製です。
「ペニーズ・メイド・
イン・ジャパン」などと同時代の
1950年代後半頃の製品だと
推測します。
素材はレーヨン、
ボタンはプラスチック製です。
なかなかの高値で
終了したようです。
さてこの柄には色違いが
いくつかありますので
ご紹介しておきます。
(筆者コレクションより)
こちらは上のものより、
柄がくっきり出ていますね。
そしてもう1つ。
(過去のヤフオク出品物より)
こちらは木々などが、
水色で描かれていて
また印象が異なります。
最後は新出品の変わり種です。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/j1095961937
ヨットと、
盆栽のような形の木の柄です。
珍しい柄だと思います。
筆者は初めて見ました。
織ネームは、古いタイプの
「カタリナ」です。
1940年代のものだと推測します。
素材はコットン、
ボタンは朱色の尿素系です。
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回は、
「本日終了のアロハシャツ」と
「新出品のアロハシャツ」を
ご紹介します。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n1095129683
鳥居と松の木の柄です。
織ネームは読みにくいですが
「ファーニリー・インク」と
書かれているのでしょうか?
マイアミのリンカーン・
ロードにある(あった)
お店の名前のようです。
両裾にポケットが付いた
「マイアミ・タイプ」です。
素材はレーヨン、
ボタンは大きめの
花形のメタルボタンです。
かなり高値で終了しました。
続いてはこちらになります。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1095411196
藁ぶき屋根の家と滝、
帆掛け船などが描かれた
日本の風景柄です。
ブランドは「アロハシャツ」で、
日本製です。
「ペニーズ・メイド・
イン・ジャパン」などと同時代の
1950年代後半頃の製品だと
推測します。
素材はレーヨン、
ボタンはプラスチック製です。
なかなかの高値で
終了したようです。
さてこの柄には色違いが
いくつかありますので
ご紹介しておきます。
(筆者コレクションより)
こちらは上のものより、
柄がくっきり出ていますね。
そしてもう1つ。
(過去のヤフオク出品物より)
こちらは木々などが、
水色で描かれていて
また印象が異なります。
最後は新出品の変わり種です。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/j1095961937
ヨットと、
盆栽のような形の木の柄です。
珍しい柄だと思います。
筆者は初めて見ました。
織ネームは、古いタイプの
「カタリナ」です。
1940年代のものだと推測します。
素材はコットン、
ボタンは朱色の尿素系です。
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ(275)新出品のアロハシャツ [ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ]
本日は週末なので、
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回も、
「新出品のアロハシャツ」を
ご紹介します。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e1095537825
アロハタワーと
ロイヤルハワイアンホテル、
月下美人やハイビスカスなどの
花が描かれています。
ブランドは「シルバー・オブ・
ハワイ」で、日本製です。
このブランドでは、
ハワイの名所が
描かれることが多いようです。
素材はレーヨン縮緬、
ボタンは竹ボタンになります。
続いてはこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m1095388991
スズメと竹が描かれた
和柄です。
「ペニーズ・メイド・イン・
ジャパン」にありそうな
モチーフですね。
ただしペニーズと違って
素材はレーヨン縮緬で、
ブランドも「フェルン」という
耳慣れないものです。
この織ネームは
筆者も見たことがなく、
そのデザインも
現代のもののようにも見えるので
現行品の可能性もあります
(あるいはヴィンテージだが
織ネームだけあとから付けた
可能性もあります)。
ただ出品者さんが栃木の有名店
「ROUTE44」さんなので
「1950年代製」という説明を
信じてもよいでしょう。
(いま同店のHPを見に行ったら
ごく最近閉店したようです。
筆者も以前、店舗で
購入したことがあるので
とても残念です)
ボタンはココナッツ製です。
最後はこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/s1095234356
タパの模様と葉っぱを
大きく組み合わせた、
迫力のある
ボーダー・パターンです。
非常に珍しい柄で、
筆者は初めて見ました。
「カメハメハ」の、緑字の
織ネームが付いているところから
(またタパの模様から見ても)
1940年代末頃の
製品だと推測されます。
素材はコットン、
ボタンはココナッツ製です。
確かに珍しい柄ですが、
コットン製であることを考えると
出品価格は正直、ややお高い
ような気もします・・・。
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回も、
「新出品のアロハシャツ」を
ご紹介します。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e1095537825
アロハタワーと
ロイヤルハワイアンホテル、
月下美人やハイビスカスなどの
花が描かれています。
ブランドは「シルバー・オブ・
ハワイ」で、日本製です。
このブランドでは、
ハワイの名所が
描かれることが多いようです。
素材はレーヨン縮緬、
ボタンは竹ボタンになります。
続いてはこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m1095388991
スズメと竹が描かれた
和柄です。
「ペニーズ・メイド・イン・
ジャパン」にありそうな
モチーフですね。
ただしペニーズと違って
素材はレーヨン縮緬で、
ブランドも「フェルン」という
耳慣れないものです。
この織ネームは
筆者も見たことがなく、
そのデザインも
現代のもののようにも見えるので
現行品の可能性もあります
(あるいはヴィンテージだが
織ネームだけあとから付けた
可能性もあります)。
ただ出品者さんが栃木の有名店
「ROUTE44」さんなので
「1950年代製」という説明を
信じてもよいでしょう。
(いま同店のHPを見に行ったら
ごく最近閉店したようです。
筆者も以前、店舗で
購入したことがあるので
とても残念です)
ボタンはココナッツ製です。
最後はこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/s1095234356
タパの模様と葉っぱを
大きく組み合わせた、
迫力のある
ボーダー・パターンです。
非常に珍しい柄で、
筆者は初めて見ました。
「カメハメハ」の、緑字の
織ネームが付いているところから
(またタパの模様から見ても)
1940年代末頃の
製品だと推測されます。
素材はコットン、
ボタンはココナッツ製です。
確かに珍しい柄ですが、
コットン製であることを考えると
出品価格は正直、ややお高い
ような気もします・・・。
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その406 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(5) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(5)
ワットムルスに長く勤めている
また別の社員は、
サミュエル・ガブリエルである。
彼は1923年に社員になった。
サムはフィリピン島で
生まれたが、
3歳の時ハワイにやって来た。
10年前、サムは
我々がよく知っている
ハワイ人のレイ・セラーの
1人と結婚し、
今では5人の子供の
立派な父親である。
彼は常に微笑みを
浮かべており、
たゆまぬ努力家である。』
****************************
この記事は今回で終わりです。
次回からはまた別の記事を
翻訳していきます。
お楽しみに。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(5)
ワットムルスに長く勤めている
また別の社員は、
サミュエル・ガブリエルである。
彼は1923年に社員になった。
サムはフィリピン島で
生まれたが、
3歳の時ハワイにやって来た。
10年前、サムは
我々がよく知っている
ハワイ人のレイ・セラーの
1人と結婚し、
今では5人の子供の
立派な父親である。
彼は常に微笑みを
浮かべており、
たゆまぬ努力家である。』
****************************
この記事は今回で終わりです。
次回からはまた別の記事を
翻訳していきます。
お楽しみに。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その405 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(4) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(4)
ローラ(訳者補足:イースト・
インディア・ストアの
最古参社員ローラ・ヘメオン)
には二人の魅力的な若い娘、
バーバラ・アンと
ベティ・ジーンがいるが、
その娘たちは
自分たちの母親と同じくらい
イースト・インディア・
ストアにも関心を持っている。
ローラは
顧客やその購入品のことを
何年分も覚えており、
ホノルルで来店しただけなのに
自分たちの購入品や
素材の好みを
ローラが覚えていてくれることを
信頼しているような、
本土の顧客たちの注文にも
頻繁に応じている。』
****************************
戦前のハワイと言えば、
まだそれほどポピュラーな
観光地ではなかったはずですが、
すでに1937年には、
本土からハワイを訪れたのちに
本土に帰っていった人が、
本土の自宅からイースト・
インディア・ストアに
メール・オーダーしていたことが
記述されています。
ハワイ調の服や雑貨を
本土で手に入れるのは
難しい時代だったでしょうから
それなりの上得意客が
いたのかもしれませんね。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(4)
ローラ(訳者補足:イースト・
インディア・ストアの
最古参社員ローラ・ヘメオン)
には二人の魅力的な若い娘、
バーバラ・アンと
ベティ・ジーンがいるが、
その娘たちは
自分たちの母親と同じくらい
イースト・インディア・
ストアにも関心を持っている。
ローラは
顧客やその購入品のことを
何年分も覚えており、
ホノルルで来店しただけなのに
自分たちの購入品や
素材の好みを
ローラが覚えていてくれることを
信頼しているような、
本土の顧客たちの注文にも
頻繁に応じている。』
****************************
戦前のハワイと言えば、
まだそれほどポピュラーな
観光地ではなかったはずですが、
すでに1937年には、
本土からハワイを訪れたのちに
本土に帰っていった人が、
本土の自宅からイースト・
インディア・ストアに
メール・オーダーしていたことが
記述されています。
ハワイ調の服や雑貨を
本土で手に入れるのは
難しい時代だったでしょうから
それなりの上得意客が
いたのかもしれませんね。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その404 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(3) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(3)
イースト・インディア・
ストアの最古参社員は
ローラ・ヘメオン女史であり、
多くの地元住民や旅行者には
「ローラ」として
親しまれている。
彼女は、旧姓のローラ・
シルヴィアとして、
ブレイズデル・ホテル内にあった
旧店舗に勤めるようになり、
それ以来現在まで、
ほぼ切れ目なく働いている。』
****************************
(ブレイズデル・ホテルの外観)
****************************
エルシー・ダースの話は
前回までで終わり、
今回からは、
また別の写真の話に
移ったようです。
もう少し情報が
欲しかったですね。
残念です。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(3)
イースト・インディア・
ストアの最古参社員は
ローラ・ヘメオン女史であり、
多くの地元住民や旅行者には
「ローラ」として
親しまれている。
彼女は、旧姓のローラ・
シルヴィアとして、
ブレイズデル・ホテル内にあった
旧店舗に勤めるようになり、
それ以来現在まで、
ほぼ切れ目なく働いている。』
****************************
(ブレイズデル・ホテルの外観)
****************************
エルシー・ダースの話は
前回までで終わり、
今回からは、
また別の写真の話に
移ったようです。
もう少し情報が
欲しかったですね。
残念です。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その403 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(2) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳しています。
****************************
(1950年頃のエルシー・ダース)
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(2)
彼女(訳者補足:エルシー・
ダース)はこれまで、
ロウシルクにハンドブロック・
プリントされた
自身のハワイアン・デザインで
全国的な名声を得てきた。
多くのデザイン学校や大学が
彼女のハワイアン・デザインを
とても面白いと考えており、
それらの生地の完全なセットを
自分たちのテキスタイル・
コレクションに加えてきた。
スポーツウェア売場や
子供服売場、
ハワイアン売場での
特別な飾りつけが
ダース夫人によって
全てなされた結果、
それらの売場は
色やデザインにおいて
滅多にないほど
魅力的になっている。』
****************************
前回の翻訳部分に、
エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアの社員であると
書かれていましたが、
具体的にどういうことなのか
ちょっと不明でした。
今回の記事を読むと
それは、テキスタイル・
デザインだけでなく、
売場の装飾デザインも
行っていたのだと
わかりました。
なるほど、それも広い意味での
デザインの仕事だったのですね。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳しています。
****************************
(1950年頃のエルシー・ダース)
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(2)
彼女(訳者補足:エルシー・
ダース)はこれまで、
ロウシルクにハンドブロック・
プリントされた
自身のハワイアン・デザインで
全国的な名声を得てきた。
多くのデザイン学校や大学が
彼女のハワイアン・デザインを
とても面白いと考えており、
それらの生地の完全なセットを
自分たちのテキスタイル・
コレクションに加えてきた。
スポーツウェア売場や
子供服売場、
ハワイアン売場での
特別な飾りつけが
ダース夫人によって
全てなされた結果、
それらの売場は
色やデザインにおいて
滅多にないほど
魅力的になっている。』
****************************
前回の翻訳部分に、
エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアの社員であると
書かれていましたが、
具体的にどういうことなのか
ちょっと不明でした。
今回の記事を読むと
それは、テキスタイル・
デザインだけでなく、
売場の装飾デザインも
行っていたのだと
わかりました。
なるほど、それも広い意味での
デザインの仕事だったのですね。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その402 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(1) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
今回から新たに、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳していきます。
****************************
(1950年頃のエルシー・ダース)
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(1)
イースト・インディア・
ストアの全社員の中で
おそらく最もよく
知られているのは、
テキスタイル・デザイナーであり
陶芸の教師でもある
エルシー・ダースであろう。
彼女は1925年以来
ホノルルを生活の場としており、
ここ数年はホノルル・
アカデミー・オブ・アーツと
連携して陶芸のクラスを
教えている。
彼女が最初に美術を学んだのは
ポートランド美術学院であり、
その後は
カリフォルニア大学である。
1934年から35年にダース夫人は
ミネソタ大学と
ミネアポリス美術大学で
デザインと陶製彫刻を
学ぶために
東部で1年を過ごした。』
****************************
エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアのG・J・ワットムルの
妻エレンの妹であり、
そのつながりで、1936年頃に、
ハワイ柄のテキスタイル
(主にカーテンなどの生地)を
デザインし、イースト・
インディア・ストアから
発売しています。
筆者はこれまで、
彼女はフリーランスの立場で
デザインしていたのだと
考えていましたが、
上の記事では、
「社員として勤めていた」
ように書かれています。
また1925年に
ハワイに来たことや、
ホノルル・アカデミー・
オブ・アーツで陶芸のクラスを
教えていたことなどは
今回初めて知りました。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
今回から新たに、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳していきます。
****************************
(1950年頃のエルシー・ダース)
****************************
『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(1)
イースト・インディア・
ストアの全社員の中で
おそらく最もよく
知られているのは、
テキスタイル・デザイナーであり
陶芸の教師でもある
エルシー・ダースであろう。
彼女は1925年以来
ホノルルを生活の場としており、
ここ数年はホノルル・
アカデミー・オブ・アーツと
連携して陶芸のクラスを
教えている。
彼女が最初に美術を学んだのは
ポートランド美術学院であり、
その後は
カリフォルニア大学である。
1934年から35年にダース夫人は
ミネソタ大学と
ミネアポリス美術大学で
デザインと陶製彫刻を
学ぶために
東部で1年を過ごした。』
****************************
エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアのG・J・ワットムルの
妻エレンの妹であり、
そのつながりで、1936年頃に、
ハワイ柄のテキスタイル
(主にカーテンなどの生地)を
デザインし、イースト・
インディア・ストアから
発売しています。
筆者はこれまで、
彼女はフリーランスの立場で
デザインしていたのだと
考えていましたが、
上の記事では、
「社員として勤めていた」
ように書かれています。
また1925年に
ハワイに来たことや、
ホノルル・アカデミー・
オブ・アーツで陶芸のクラスを
教えていたことなどは
今回初めて知りました。
(次回に続く)
ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ(274)新出品のアロハシャツ [ヤフオクで見かけたヴィンテージアロハシャツ]
本日は週末なので、
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回も、
「新出品のアロハシャツ」を
簡単にご紹介していきます。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n1094250428
「デューク・カハナモク」の
パイナップル柄です。
エンジ地に白の抜染プリントで
パイナップルが描かれています。
素材はレーヨン、
ボタンは貝ボタンです。
続いてはこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g1095039969
バティックのようなプリントで
花とホタテ貝が描かれています。
アロハシャツと言うのは
やや気が引けますが、
ヴィンテージ・アロハシャツでも
有名な、「ペンリー」の
織ネームが付けられているので、
まあ、大目に見てください。
素材はシルク又はレーヨン、
ボタンは貝ボタンです。
そしてこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1094137479
タパ模様の地に、
パイナップルが描かれています。
メーカーは「ロイヤル・
ハワイアン」で、
素材はコットン、
ボタンは竹ボタンです。
長袖というところが
珍しいですね。
最後はちょっと珍しいものを
見つけたので、
ご紹介しておきます。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/l1055383212
ハイビスカスの花と
モンステラの葉を
縦に並べたボーダー・
パターンの柄です。
紺地に白のパレオ柄で、
ボーダー・パターンに
なっているところや、
素材がコットンサテンと
いうところなどから、
パッと見て、
「ロイヤル・ハワイアン」
あたりのもの ↓ (参考)
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/p1095312090
(ヤフオク出品物より引用)
かと思いましたが
違いました。
実は「松坂屋百貨店」の
織ネームが付けられています。
年代的には1960年代半ばの
製品だと推測します。
当然日本製でしょうね。
ボタンは小さめの
貝ボタンのようです。
なかなか珍しいシャツでは
ないでしょうか?
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
恒例の「ヤフオクで見かけた
ヴィンテージアロハシャツ」を、
お届けします。
今回も、
「新出品のアロハシャツ」を
簡単にご紹介していきます。
まず最初はこちら ↓ から。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n1094250428
「デューク・カハナモク」の
パイナップル柄です。
エンジ地に白の抜染プリントで
パイナップルが描かれています。
素材はレーヨン、
ボタンは貝ボタンです。
続いてはこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g1095039969
バティックのようなプリントで
花とホタテ貝が描かれています。
アロハシャツと言うのは
やや気が引けますが、
ヴィンテージ・アロハシャツでも
有名な、「ペンリー」の
織ネームが付けられているので、
まあ、大目に見てください。
素材はシルク又はレーヨン、
ボタンは貝ボタンです。
そしてこちらです。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h1094137479
タパ模様の地に、
パイナップルが描かれています。
メーカーは「ロイヤル・
ハワイアン」で、
素材はコットン、
ボタンは竹ボタンです。
長袖というところが
珍しいですね。
最後はちょっと珍しいものを
見つけたので、
ご紹介しておきます。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/l1055383212
ハイビスカスの花と
モンステラの葉を
縦に並べたボーダー・
パターンの柄です。
紺地に白のパレオ柄で、
ボーダー・パターンに
なっているところや、
素材がコットンサテンと
いうところなどから、
パッと見て、
「ロイヤル・ハワイアン」
あたりのもの ↓ (参考)
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/p1095312090
(ヤフオク出品物より引用)
かと思いましたが
違いました。
実は「松坂屋百貨店」の
織ネームが付けられています。
年代的には1960年代半ばの
製品だと推測します。
当然日本製でしょうね。
ボタンは小さめの
貝ボタンのようです。
なかなか珍しいシャツでは
ないでしょうか?
今回はこの辺で。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
ハワイの新聞記事から その401 1937年 ワットムルス~各地の販売代理店がその土地の商品調達を手助けしてくれる(3) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙掲載の、
イースト・インディア・
ストアの歴史をまとめた記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
各地の販売代理店が
その土地の商品調達を
手助けしてくれる(3)
同社は3人の共同経営者で
構成されている。
インド(訳者補足:現在は
パキスタン)シンド州
ハイデラバードの
J・ワットムル氏、
彼の息子で横浜事務所の
準支配人である
ラムチャンド・ワットムル氏、
そしてホノルルのビジネス界で
よく知られた常駐支配人である
G・J・ワットムル氏の
3人である。
イースト・インディア・
ストアには支店と代理店が、
シンド州ハイデラバード、
香港、広東、上海、北京、神戸、
横浜、ジャワ、コロンボ、
そしてエジプトにあり、
東洋の選りすぐりの商品を
リーズナブルな価格で調達する
買付設備を備えている。』
****************************
横浜の山下町(横浜港の近く)に
駐在事務所があったことが
分かっています。
上の新聞記事と同じ特集の中に
横浜事務所の広告も
掲載されていたからです。
その内容は以下の通りです。
「横浜・山下町153番地の
輸出業者ワットムル兄弟は、
イースト・インディア・
ストアと、ホノルルの壮麗な
新ワットムル・ビルのオーナーに
お祝いの言葉をお贈りします。」
そこに準支配人として
駐在していたのは、
J・ワットムル氏の息子の
ラムチャンド・ワットムル氏で
あったことが上の記事から
わかります。
この記事の翻訳は
今回で終わりです。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。
現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙掲載の、
イースト・インディア・
ストアの歴史をまとめた記事を
翻訳しています。
****************************
****************************
『ワットムルス~
各地の販売代理店が
その土地の商品調達を
手助けしてくれる(3)
同社は3人の共同経営者で
構成されている。
インド(訳者補足:現在は
パキスタン)シンド州
ハイデラバードの
J・ワットムル氏、
彼の息子で横浜事務所の
準支配人である
ラムチャンド・ワットムル氏、
そしてホノルルのビジネス界で
よく知られた常駐支配人である
G・J・ワットムル氏の
3人である。
イースト・インディア・
ストアには支店と代理店が、
シンド州ハイデラバード、
香港、広東、上海、北京、神戸、
横浜、ジャワ、コロンボ、
そしてエジプトにあり、
東洋の選りすぐりの商品を
リーズナブルな価格で調達する
買付設備を備えている。』
****************************
横浜の山下町(横浜港の近く)に
駐在事務所があったことが
分かっています。
上の新聞記事と同じ特集の中に
横浜事務所の広告も
掲載されていたからです。
その内容は以下の通りです。
「横浜・山下町153番地の
輸出業者ワットムル兄弟は、
イースト・インディア・
ストアと、ホノルルの壮麗な
新ワットムル・ビルのオーナーに
お祝いの言葉をお贈りします。」
そこに準支配人として
駐在していたのは、
J・ワットムル氏の息子の
ラムチャンド・ワットムル氏で
あったことが上の記事から
わかります。
この記事の翻訳は
今回で終わりです。
次回をお楽しみに。
(次回に続く)