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ハワイの新聞記事から その411 1937年 ワットムルス~絹織物は最高級品。土産物も並んでいる(4) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
取扱商品に関する記事を
翻訳しています。

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MEN'S WEAR .jpg

(紳士服売場)

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『1937年 ワットムルス~
絹織物は最高級品。
土産物も並んでいる(4)

 紳士服飾品はこれまでずっと、
ワットムル氏から多大な関心を
寄せられてきた。

富士絹や、チェック柄や
ピンストライプ柄の塩瀬で
できていて、
体にフィットするよう
上手に仕立てられ
カットされている
さまざまなラインのシャツ、
男性的で力強いストライプ柄の、
富士絹やスパン・シルクを
使った、お洒落なスタイルの、
眠るのに本当に快適な
トラウザーが付いている
パジャマ、
男性用の最新色の金襴の
ラウンジング・パジャマ、
ローブ、キモノ、
スイム・ショーツ、ネクタイ、
ポンジー・ローブなどが、
在庫の豊富な紳士服売場で
見つかるアイテムである。』

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「さまざまなラインのシャツ」が
売られているようですが、
残念ながらアロハシャツは
言及されていません。

1937年と言えば、
ムサシヤ・ショウテンや
キング・スミスなどでは
すでに売られていましたが、
イースト・インディア・ストア
でも売られていたかどうかは
実はよくわからないのです。

もしあったとしても、それは
花柄などの「キモノ柄」か、
タパ柄のような「サモア柄」、
パレオ柄のような
「ポリネシア柄」などであり、
サーファーやフラガール、
キヒキヒやアロハタワーが
描かれているような
「ハワイ柄」はまだ出てきて
いないのではないかと
筆者は考えています
(ハワイ柄が出てくるのは
1938年か39年頃だと
考えています)。




(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その410 1937年 ワットムルス~絹織物は最高級品。土産物も並んでいる(3) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
取扱商品に関する記事を
翻訳しています。

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LINGERIE & PAJAMAS .jpg

(ランジェリーとパジャマの売場)

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『1937年 ワットムルス~
絹織物は最高級品。
土産物も並んでいる(3)

イースト・インディア・ストアの
また別の特選品は、
マンダリン・コート(訳者補足:
襟がスタンドカラーになった
コートだと推測される)であり、
昔風の刺繍が付いたものと、
今風の刺繍が付いたものとの
両タイプがある。

それぞれの服をワットムル氏が
自ら選んでおり、
どんな価格帯であろうとも
最高の品質と職人技であることを
彼が保証している。』



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その409 1937年 ワットムルス~絹織物は最高級品。土産物も並んでいる(2) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
取扱商品に関する記事を
翻訳しています。

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LINGERIE & PAJAMAS .jpg

(ランジェリーとパジャマの売場)

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『1937年 ワットムルス~
絹織物は最高級品。
土産物も並んでいる(2)

 最高級のシルク製と
織柄入りサテン(訳者補足:
表面が滑らかで
光沢のある絹織物)製の
ラウンジング・パジャマは、
どちらも紳士服仕立てで
刺繍入りであり、
また魅力的なキモノは
たくさんの種類があって、
ビーチウェア用の
華やかなコットン地や、
プリントのシルク地、
裏地ありとなし、
などがあり、
またリバーシブルのキモノや
手織りの無骨なキモノ、
儀式用のローブなどもある。
これら全ては
美しい服の良さがわかる人々に
訴えかけるものとなっている。』




(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その408 1937年 ワットムルス~絹織物は最高級品。土産物も並んでいる(1) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

今回から、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
取扱商品に関する記事を
翻訳していきます。

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LINGERIE & PAJAMAS .jpg

(ランジェリーとパジャマの売場)

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1937年 ワットムルス~
絹織物は最高級品。
土産物も並んでいる(1)

 イースト・インディア・
ストアは、ホノルルで最高級の
東洋の品々の、
異常なまでに興味深く
多様な在庫を持っている。

同店は、
この地元店のために
特別にデザインされ作られた、
細工の細かい手刺繡の下着、
スリップ、ガウン、
パジャマなどで長年有名である。

このことが、
最も入念に刺繍された
女性的なモデルと同じくらい
上質なランジェリーや
テーラード・ウェアにおける、
最も完璧なスタイリングや
最新のファッションを
保証している。』

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 前回ご紹介した記事の中で
簡単に説明されていた、
売場と取扱商品について、
この記事ではより詳しく
説明されています。

アロハシャツの記述は
なさそうですが、
それ以外の衣料品などの
様子が描写されると思います。
1937年当時のホノルルの
百貨店の様子が目の前に
浮かんでくることでしょう。



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その407 1937年 ワットムルス~イースト・インディア・ストアの売場紹介 [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

今回は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
イースト・インディア・ストアの
売場紹介の写真と説明を
翻訳します。

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『1937年 ワットムルス~
イースト・インディア・
ストアの売場紹介

MEN'S WEAR .jpg

メンズ・ウェア

シルク・シャツ、パジャマ、
ネクタイ、キモノ、
ラウンジング・ローブ、
スポーツ・ウェア


BEACH & SPORTSWEAR .jpg

ビーチ・ウェアと
スポーツ・ウェア

マリヒニ・ハウス・コート、
スイム・スーツ、
ビーチ・パジャマ、
スポーツ・シャツ


LINGERIE & PAJAMAS .jpg

ランジェリーとパジャマ

最新カットのスリップ、
ガウン、パンティ、
就寝用パジャマ、
ラウンジ用パジャマ、
ドレッシング・ガウン、
シャンハイ(訳者補足:
中国風デザインの)・
ホステス・ガウン


YARDAGE.jpg

ヤーディッジ
(訳注:ヤード単位で
切り売りする布地)

ブロケード(金襴)、
ダマスク織、
コットン製プリント生地、
壁縮緬のプリント生地、
ロウ・シルク製
ハンドブロック・プリント生地


kimono room.jpg

キモノ・ルーム

ビーチ・ウェアや
レジャー・ウェア用の
最新キモノ・モード、
マンダリン(訳者補足:
中国風デザインの)・コート、
刺繡入りイブニング・ラップス


hawaiian dept.jpg

ハワイアン売場

手彫りの木製皿、
サラダ・サーバー
(フォークとスプーン)、
テーブル・マット、
土産物、人形 』

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メンズ・ウェアの売場では、
「アロハシャツ」という
表記がありませんが、
1937年には、
「タパ柄」のプリント・
シャツは売られていた
ようなので、上の表記では
「スポーツ・ウェア」の
中に含まれていた
のかもしれません。



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その406 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(5) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。

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イースト・インディア・ストアの新しいビル.jpg

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『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(5)

 ワットムルスに長く勤めている
また別の社員は、
サミュエル・ガブリエルである。

彼は1923年に社員になった。

サムはフィリピン島で
生まれたが、
3歳の時ハワイにやって来た。

10年前、サムは
我々がよく知っている
ハワイ人のレイ・セラーの
1人と結婚し、
今では5人の子供の
立派な父親である。

彼は常に微笑みを
浮かべており、
たゆまぬ努力家である。』

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この記事は今回で終わりです。
次回からはまた別の記事を
翻訳していきます。
お楽しみに。



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その405 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(4) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。

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イースト・インディア・ストアの新しいビル.jpg

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『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(4)

ローラ(訳者補足:イースト・
インディア・ストアの
最古参社員ローラ・ヘメオン)
には二人の魅力的な若い娘、
バーバラ・アンと
ベティ・ジーンがいるが、
その娘たちは
自分たちの母親と同じくらい
イースト・インディア・
ストアにも関心を持っている。

ローラは
顧客やその購入品のことを
何年分も覚えており、
ホノルルで来店しただけなのに
自分たちの購入品や
素材の好みを
ローラが覚えていてくれることを
信頼しているような、
本土の顧客たちの注文にも
頻繁に応じている。』

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戦前のハワイと言えば、
まだそれほどポピュラーな
観光地ではなかったはずですが、
すでに1937年には、
本土からハワイを訪れたのちに
本土に帰っていった人が、
本土の自宅からイースト・
インディア・ストアに
メール・オーダーしていたことが
記述されています。

ハワイ調の服や雑貨を
本土で手に入れるのは
難しい時代だったでしょうから
それなりの上得意客が
いたのかもしれませんね。



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その404 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(3) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースや
その他の店員に関する記事を
翻訳しています。

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イースト・インディア・ストアの新しいビル.jpg

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『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(3)

 イースト・インディア・
ストアの最古参社員は
ローラ・ヘメオン女史であり、
多くの地元住民や旅行者には
「ローラ」として
親しまれている。

彼女は、旧姓のローラ・
シルヴィアとして、
ブレイズデル・ホテル内にあった
旧店舗に勤めるようになり、
それ以来現在まで、
ほぼ切れ目なく働いている。』

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ブレイズデルホテル2.jpg

(ブレイズデル・ホテルの外観)

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エルシー・ダースの話は
前回までで終わり、
今回からは、
また別の写真の話に
移ったようです。

もう少し情報が
欲しかったですね。
残念です。



(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その403 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(2) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

現在は、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳しています。

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スクリーンショット 2023-06-12 230754.jpg

(1950年頃のエルシー・ダース)

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『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(2)

 彼女(訳者補足:エルシー・
ダース)はこれまで、
ロウシルクにハンドブロック・
プリントされた
自身のハワイアン・デザインで
全国的な名声を得てきた。

多くのデザイン学校や大学が
彼女のハワイアン・デザインを
とても面白いと考えており、
それらの生地の完全なセットを
自分たちのテキスタイル・
コレクションに加えてきた。

スポーツウェア売場や
子供服売場、
ハワイアン売場での
特別な飾りつけが
ダース夫人によって
全てなされた結果、
それらの売場は
色やデザインにおいて
滅多にないほど
魅力的になっている。』

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前回の翻訳部分に、
エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアの社員であると
書かれていましたが、
具体的にどういうことなのか
ちょっと不明でした。

今回の記事を読むと
それは、テキスタイル・
デザインだけでなく、
売場の装飾デザインも
行っていたのだと
わかりました。

なるほど、それも広い意味での
デザインの仕事だったのですね。




(次回に続く)

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ハワイの新聞記事から その402 1937年 ワットムルス~エルシー・ダースはデザイナーであり、教師でもある(1) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、
アロハシャツに関する
ハワイの新聞記事の中から
面白そうなものを
ランダムに選び、
翻訳してご紹介しています。

今回から新たに、
1937年のホノルル・
アドヴァタイザー紙に
掲載された、
エルシー・ダースに関する記事を
翻訳していきます。

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スクリーンショット 2023-06-12 230754.jpg

(1950年頃のエルシー・ダース)

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『ワットムルス~
エルシー・ダースは
デザイナーであり、
教師でもある(1)

 イースト・インディア・
ストアの全社員の中で
おそらく最もよく
知られているのは、
テキスタイル・デザイナーであり
陶芸の教師でもある
エルシー・ダースであろう。

彼女は1925年以来
ホノルルを生活の場としており、
ここ数年はホノルル・
アカデミー・オブ・アーツと
連携して陶芸のクラスを
教えている。

彼女が最初に美術を学んだのは
ポートランド美術学院であり、
その後は
カリフォルニア大学である。

1934年から35年にダース夫人は
ミネソタ大学と
ミネアポリス美術大学で
デザインと陶製彫刻を
学ぶために
東部で1年を過ごした。』

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エルシー・ダースは
イースト・インディア・
ストアのG・J・ワットムルの
妻エレンの妹であり、
そのつながりで、1936年頃に、
ハワイ柄のテキスタイル
(主にカーテンなどの生地)を
デザインし、イースト・
インディア・ストアから
発売しています。

筆者はこれまで、
彼女はフリーランスの立場で
デザインしていたのだと
考えていましたが、
上の記事では、
「社員として勤めていた」
ように書かれています。

また1925年に
ハワイに来たことや、
ホノルル・アカデミー・
オブ・アーツで陶芸のクラスを
教えていたことなどは
今回初めて知りました。



(次回に続く)

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