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ハワイの新聞記事から その67 1939 ハワイの衣料品産業(3) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。

現在は、『ホノルル・アドヴァタイザー紙』に掲載された、
1939年の記事を翻訳しています。
内容は、ハワイの衣料品産業に関する文章です。



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ハワイの衣料品産業(3)
文/ローナ・アーレン

 ハワイの衣料品産業の急成長の一例は、
ベレタニア通りの、中央消防署の向かいにある、
ロイヤル・ハワイアン・マニュファクチャリング社と、
マックス・ルイスの物語である。

 2年弱前、ルイス氏は5台のミシンと約12人の従業員とで始めた。

今日では60台のミシンを備え、80人から85人を雇っている。

 その商品は、あらゆる種類のハワイアン・スポーツウェアで
構成されているのであるが、
1アイテムにつき1.95ドルから19.50ドルまでで小売されており、
本土の全地域だけでなく、ロンドン、パリ、スイス、バミューダ諸島、
そしてオーストラリアでも買われている。

 こうした遠方の地にまで行っているのは、
異国情緒あふれるプリント柄の、
シャツ、スラックス、ハウスコート、パジャマ、プレイスーツである。

ちなみに、そのプリント柄には、
熱帯魚とヤシの木、ダイヤモンドヘッドとアロハタワー、
サーフボードとレイ、ウクレレとワイキキビーチの風景という組み合わせが
楽しく融合して描かれている。』




上の文章では、「ロイヤル・ハワイアン」について詳しく書かれています。
かなり貴重な資料だと言えますね。

1937年の春から夏頃に創業したこと、
創業時は小規模だったものが、1939年には10倍近くの規模に急成長したこと、
シャツ、スラックス、ハウスコート、パジャマ、プレイスーツなどのアイテムを作り、
そのプリント柄は、「熱帯魚とヤシの木」、「ダイヤモンドヘッドとアロハタワー」、
「サーフボードとレイ」、「ウクレレとワイキキビーチの風景」などであったこと、
米国本土以外に、ロンドン、パリ、スイス、バミューダ諸島、オーストラリアでも
販売されていたこと、
などがわかります。


「ロイヤル・ハワイアン」についての記述はもう少し続きます。



(次回に続く)

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