ハワイの新聞記事から その29 1987 アロハシャツの創造者たち(6) [ハワイの新聞記事から]
筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。
以下はホノルル・アドヴァタイザー紙の1987年の記事の翻訳で、
話題はキングスミスのチャン兄妹についてです。
『アロハシャツの創造者たち(6)
文/ロン・ロンク(ホノルル・アドヴァタイザー紙 アート・ライター)
エセルは、店のアロハシャツのほかに、
水着やムームーもデザインした。
彼女は「ムームーはあの頃『ハウスコート』と呼ばれたのよ」と言う。
また、アロハシャツの女性版もデザインした。
それは当時「シャツテール」とか「フィッシュテール」という名で
広く知られていたのだと彼女は言った。
この女性版アロハシャツは、デザインは男性版と同じだったが、
女性たちが腰の前部で結ぶのを好むような、
長くした裾が付くように裁断されていた。
エセルはまた、時間を見つけては
ホノルル美術館や街の画廊で展示される絵を描いていた。
イサミ・ドイ、リー・エスクリッジ、ジョン・ヤング、
マッジ・テナントらの作品の横に彼女の絵が飾られていると、
エセルのスクラップブックに切り抜いて貼られている古い新聞記事は述べている。』
「シャツテール」というのは、シャツの前裾の左右がリボンのように細長くなっていて、
その長い部分を前で結んで着る、というデザインのことです。
水着の上に着るものとして流行したのであろうことは、
水着とセットで売られていることが多かった1930年代の広告を見れば、
容易に推測がつきます。
現代でも、水着に合わせて似たような着方をしますよね。
例えば、こんなふう ↓ です。
https://jp.mercari.com/item/m87014572987
(メルカリの出品物の画像から引用)
「前結びシャツ」などと呼ばれているようです。
キングスミスでは、このようなシャツに
「ワイキキ・シャツテール」という名前を付けて売っていました。
売り方がうまいですよね。
1936年のキングスミスの広告に、
「トロピカル柄のワイキキ・シャツテール」が取り上げられていました。
最後に、ワイキキ美術館の外観写真も添えておきます。
(ウィキペディアより引用)
ここに展示してもらえたということは、
エセルの絵もそれなりの評価を得ていたということなのでしょう。
(次回に続く)
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。
以下はホノルル・アドヴァタイザー紙の1987年の記事の翻訳で、
話題はキングスミスのチャン兄妹についてです。
『アロハシャツの創造者たち(6)
文/ロン・ロンク(ホノルル・アドヴァタイザー紙 アート・ライター)
エセルは、店のアロハシャツのほかに、
水着やムームーもデザインした。
彼女は「ムームーはあの頃『ハウスコート』と呼ばれたのよ」と言う。
また、アロハシャツの女性版もデザインした。
それは当時「シャツテール」とか「フィッシュテール」という名で
広く知られていたのだと彼女は言った。
この女性版アロハシャツは、デザインは男性版と同じだったが、
女性たちが腰の前部で結ぶのを好むような、
長くした裾が付くように裁断されていた。
エセルはまた、時間を見つけては
ホノルル美術館や街の画廊で展示される絵を描いていた。
イサミ・ドイ、リー・エスクリッジ、ジョン・ヤング、
マッジ・テナントらの作品の横に彼女の絵が飾られていると、
エセルのスクラップブックに切り抜いて貼られている古い新聞記事は述べている。』
「シャツテール」というのは、シャツの前裾の左右がリボンのように細長くなっていて、
その長い部分を前で結んで着る、というデザインのことです。
水着の上に着るものとして流行したのであろうことは、
水着とセットで売られていることが多かった1930年代の広告を見れば、
容易に推測がつきます。
現代でも、水着に合わせて似たような着方をしますよね。
例えば、こんなふう ↓ です。
https://jp.mercari.com/item/m87014572987
(メルカリの出品物の画像から引用)
「前結びシャツ」などと呼ばれているようです。
キングスミスでは、このようなシャツに
「ワイキキ・シャツテール」という名前を付けて売っていました。
売り方がうまいですよね。
1936年のキングスミスの広告に、
「トロピカル柄のワイキキ・シャツテール」が取り上げられていました。
最後に、ワイキキ美術館の外観写真も添えておきます。
(ウィキペディアより引用)
ここに展示してもらえたということは、
エセルの絵もそれなりの評価を得ていたということなのでしょう。
(次回に続く)
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