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ハワイの新聞記事から その4 1954年 ジョン・メイグスがハワイを訪れる(2) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介していきたいと思います。

第4回目の今回は、伝説のテキスタイル・デザイナー、ジョン・メイグスに関する、
1954年のホノルル・スターブリトゥン紙の記事の続きになります。



ジョン・メイグス.jpg


元ホノルルの画家メイグス 現在はバリバリの南西部人(2)

 メイグス、38歳、は1951年に、
南西部の著名な画家、ピーター・ハードと仕事をするため、
ニュー・メキシコに移住した。

それは、アメリカン・ファクターズ社の創立100周年を記念した一連の絵画を、
ハードがここハワイで完成させた直後のことであった。

 ハードが2つのフレスコ画を描くのを、
メイグスが手伝って以来、3年が経過した。

2つのうちの1つは、南西部平原壁画と呼ばれる、
1300平方フィート(約120平方メートル)の巨大なフレスコ画で、
テキサスの南部平原の開拓者たちを描いたものであり、
2年がかりのプロジェクトである。』



ピーター・ハードについては、ウィキペディアに記述がありますので、
引用しておきます。

220px-Portrait_of_Peter_Hurd.jpg

ヘンリエッテワイス、 ピーターハードの肖像、1936年


「ピーターハード(1904年2月22日– 1984年7月9日)はアメリカの画家であり、
 その作品は1930年代から住んでいたニューメキシコ州サンパトリシオの人々や
 風景と強く結びついています。
 彼は彼の肖像画と彼の西洋の風景で等しく称賛されています。」

「1953年から1954年まで、ハードはテキサス州ラボックにある
 テキサス工科大学(現在のテキサス工科大学)から
 主要な壁画の依頼を受けました。
 彼と彼の助手は、当時の西テキサス博物館(現在のホールデンホール)の
 円形建築にフレスコ壁画を描きました。
 ハードは、西テキサスの開拓者と影響力のある指導者を描いて、
 2年間で週に約1つのフレスコ画を完成させました。」

ここで触れられている「彼の助手」というのが、
ジョン・メイグスだと推測されます。



(次回に続く)

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