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ハワイの衣料品製造業の歴史 その273 布地の種類(3) [ファンダバーク著ハワイの衣料品製造業]

ファンダバーク教授の本『ハワイの衣料品製造業の歴史』の翻訳をお届けしています。

この章「ハワイで製造される衣料品の種類」では、衣料品のタイプ別に語られており、
現在は「布地の種類」についてまとめた部分をご紹介しています。



『布地の種類(3)

その後、日本や東洋のその他の産地からの布地の輸入が戦争で中断されると、
ハワイ製衣料品にはレーヨン生地がより多く使われるようになった。

戦争中のハワイ製衣料品がレーヨン生地で作られたことを
それとなく示している衣料品の広告は多い。

戦争中は柄が、レーヨン生地とコットン生地の両方にブロック・プリントされた。

1940年代後半と50年代前半にはハワイアン・プリントは本土で、
コットン生地とレーヨン生地の両方に、主にローラー・プリントされて作られた。

1950年代にハワイ柄がハワイや日本で
スクリーン・プリントされることが多くなると、
コットン生地、特に光沢コットン生地がますますたくさん、
ハワイの衣料品メーカーに買われるようになった。』



前回の部分で、「ハワイの衣料品」は、「年代ごと」に、
「布地の種類」「プリント法」「衣料品の種類」に特徴がある、と言っていました。

そして1920年代から1930年代後半までのハワイの衣料品について、
「年代」と「衣料品の種類」と「布地の種類」が分類されていました。

今回はその続きとなり、1940年代から50年代の分析です。
具体的には、「年代」と「布地の種類」と「プリント法」と「プリント場所」について

1940年代前半=戦争中
      ・・・レーヨン生地とコットン生地・・・ブロック・プリント・・・(ハワイ)
1940年代後半と50年代前半
      ・・・コットン生地とレーヨン生地・・・ローラー・プリント・・・本土
1950年代(と1960年代)
  ・・・コットン生地 特に光沢コットン生地・・・スクリーン・プリント・・・ハワイや日本

という関連があると述べられています。

なお、カッコ内は、本文では述べられていませんが筆者が補足しておいた部分です。


ヴィンテージアロハシャツで最も重要な「レーヨン」という素材が、
1930年代後半から使われていたことは前回の記述に出てきましたが、
戦争中にも使われていたことが今回述べられています。

なかなか「戦争中のアロハシャツ」にはお目にかからない
(あるいは、そうだとはわからない)ので実感がわきませんが、
広告を見る限りはレーヨンのアロハシャツは戦争中にも存在していたのです。


またファンダバーク教授は「抜染」についてあまり自覚的ではなかったようで、
一切記述しておらず、そのあたりが少々残念なのですが、
「1940年代後半と50年代前半」に「本土」で「ローラー・プリント」された
という部分は、
レーヨン生地の「抜染」がこの時代のものだった、と読み替えることができるでしょう。

なぜなら、「ローラー・プリント」には、
レーヨンやコットンのオーバープリントと、レーヨンの抜染があるので、
「レーヨンの抜染」は「1940年代後半と50年代前半」に生産された、
と間接的に語っていると考えられるからです。


ちなみに、上の表にあと2つ付け加えておくべきだと筆者は考えています。
それは次のものです。

1950年代   ・・・レーヨン壁縮緬  ・・・スクリーン・プリント  ・・・日本
1950年代末と1960年代初頭
      ・・・ シルク ・・・ スクリーン・プリント ・・・日本と一部ハワイ

また、1950年代(と1960年代)のハワイでのコットン(と一部のシルク)のプリントは、
主にアルフレッド・シャヒーン社によるものとなります。




(次回に続く)

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