ハワイの衣料品製造業の歴史 その45 1935-37年 オーダーメードで作るドレスメーカー、テーラー、デザイナーの広告例(後編) [ファンダバーク著ハワイの衣料品製造業]
ファンダバーク教授の本の翻訳が続きます。
前々回は「1930年代に、オーダーメイドで服を作る店が増えた」という
教授の考察をご紹介しました。
前回と今回は、具体的なお店の広告例をご紹介します。
『1935-37年 オーダーメードで作るドレスメーカー、テーラー、
デザイナーの広告例(後編)
ヘレン・レオン
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月8日
”休暇に着るための新しいカクテル・ドレスやイブニング・ドレスが
必要ですよね。仕立てを得意としています。スーツや旅行用の服。
いますぐご注文下さい。
ヘレン・レオン、ドレスメーキング、テーラーリング、デザイン直し。”
エルシー・クラッサス
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月24日
”典型的にハワイらしい贈り物。離れたところにいる方々、
あるいはハワイにいる方々への贈り物のことを、今こそ考えるときです。
ハワイアン・デザインのホロク。既製品又はオーダーメイド。
帽子、ラウハラ製品、漁網のターバン、鳥の羽根のレイを使った頭飾り。
フラガールやレイ・セラー(男女)のハワイ人形。
原住民のドレス(訳注:腰蓑か)。独自のデザイン。
ハワイのやり方でオーダーメイドします。”
ユニフォーム・ショップ株式会社
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月27日
”ようこそ海軍のみなさま。普段通りに任務に就いている間に、
最高品質で制服をお仕立てします。”
ハワイ・インポーティング社
ホノルル・スターブリトゥン紙
1936年12月7日
”感謝される贈り物。オーダーメイドの着物、シルク製3.50ドルより、
薄手でソフトなウール製2.70ドルより。
クリスマス用に輸入した最新のシルクと薄手でソフトなウールの、
当店ならではの美しい品揃えをご覧ください。”
ムサシヤ・ザ・シャツメーカー
ホノルル・スターブリトゥン紙
1936年12月11日
”着物もパジャマも作ります。平均的な男性及び女性の体形に合わせて
前もってお作りしてある着物やパジャマもございます。
当店の布地は種類豊富です。どうぞお越しください。” 』
前回同様、女性物のお店の広告が多いですが、その中にあって、
ムサシヤ・ザ・シャツメーカー(ムサシヤ・ショウテンとは別の店)の
1936年の広告が登場しています。
ただし、アロハシャツに関してはいっさい触れていません。
ムサシヤ・ザ・シャツメーカーは、一説ではアロハシャツを最初に作った店と
言われています。
*デール・ホープ氏は、著書「ザ・アロハシャツ」の中で
次のように書いています。
・・・・ドロレスは、夫こそが最初の注文アロハシャツを作ったのだと信じている。
1933~34年頃、ある常客が日本の浴衣布地でシャツを注文したのを
彼女は覚えているからだ。・・・・
このデール・ホープ氏の文章を注意深く読むと、ドロレス・ミヤモトは
「注文」アロハシャツを最初に作ったのが「1933~34年頃」だ、
と言っていることがわかります。
ムサシヤ・ザ・シャツメーカーは、基本的にはオーダーメイドのお店なので、
客からの注文があれば、アロハシャツに似たシャツも作ったでしょうし、
その中に、浴衣の生地(おそらく綿でしょう)を使ったシャツがあっても
おかしくはありません(そのシャツはあまりアロハっぽくはないと思いますが)。
このことをどう見るかは、人によって異なるでしょう。
筆者は、それをもって「最初に作った」というよりも
「近いものをたまたま作っていた」というほうが近いのではないか、
と考えるわけです。
そのような理由から、(以前から何度か指摘しているように)
「ムサシヤ・ザ・シャツメーカーがアロハシャツを最初に作った店だ」という説を
採らないのです。
(次回に続く)
前々回は「1930年代に、オーダーメイドで服を作る店が増えた」という
教授の考察をご紹介しました。
前回と今回は、具体的なお店の広告例をご紹介します。
『1935-37年 オーダーメードで作るドレスメーカー、テーラー、
デザイナーの広告例(後編)
ヘレン・レオン
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月8日
”休暇に着るための新しいカクテル・ドレスやイブニング・ドレスが
必要ですよね。仕立てを得意としています。スーツや旅行用の服。
いますぐご注文下さい。
ヘレン・レオン、ドレスメーキング、テーラーリング、デザイン直し。”
エルシー・クラッサス
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月24日
”典型的にハワイらしい贈り物。離れたところにいる方々、
あるいはハワイにいる方々への贈り物のことを、今こそ考えるときです。
ハワイアン・デザインのホロク。既製品又はオーダーメイド。
帽子、ラウハラ製品、漁網のターバン、鳥の羽根のレイを使った頭飾り。
フラガールやレイ・セラー(男女)のハワイ人形。
原住民のドレス(訳注:腰蓑か)。独自のデザイン。
ハワイのやり方でオーダーメイドします。”
ユニフォーム・ショップ株式会社
ホノルル・アドヴァタイザー紙
1937年10月27日
”ようこそ海軍のみなさま。普段通りに任務に就いている間に、
最高品質で制服をお仕立てします。”
ハワイ・インポーティング社
ホノルル・スターブリトゥン紙
1936年12月7日
”感謝される贈り物。オーダーメイドの着物、シルク製3.50ドルより、
薄手でソフトなウール製2.70ドルより。
クリスマス用に輸入した最新のシルクと薄手でソフトなウールの、
当店ならではの美しい品揃えをご覧ください。”
ムサシヤ・ザ・シャツメーカー
ホノルル・スターブリトゥン紙
1936年12月11日
”着物もパジャマも作ります。平均的な男性及び女性の体形に合わせて
前もってお作りしてある着物やパジャマもございます。
当店の布地は種類豊富です。どうぞお越しください。” 』
前回同様、女性物のお店の広告が多いですが、その中にあって、
ムサシヤ・ザ・シャツメーカー(ムサシヤ・ショウテンとは別の店)の
1936年の広告が登場しています。
ただし、アロハシャツに関してはいっさい触れていません。
ムサシヤ・ザ・シャツメーカーは、一説ではアロハシャツを最初に作った店と
言われています。
*デール・ホープ氏は、著書「ザ・アロハシャツ」の中で
次のように書いています。
・・・・ドロレスは、夫こそが最初の注文アロハシャツを作ったのだと信じている。
1933~34年頃、ある常客が日本の浴衣布地でシャツを注文したのを
彼女は覚えているからだ。・・・・
このデール・ホープ氏の文章を注意深く読むと、ドロレス・ミヤモトは
「注文」アロハシャツを最初に作ったのが「1933~34年頃」だ、
と言っていることがわかります。
ムサシヤ・ザ・シャツメーカーは、基本的にはオーダーメイドのお店なので、
客からの注文があれば、アロハシャツに似たシャツも作ったでしょうし、
その中に、浴衣の生地(おそらく綿でしょう)を使ったシャツがあっても
おかしくはありません(そのシャツはあまりアロハっぽくはないと思いますが)。
このことをどう見るかは、人によって異なるでしょう。
筆者は、それをもって「最初に作った」というよりも
「近いものをたまたま作っていた」というほうが近いのではないか、
と考えるわけです。
そのような理由から、(以前から何度か指摘しているように)
「ムサシヤ・ザ・シャツメーカーがアロハシャツを最初に作った店だ」という説を
採らないのです。
(次回に続く)
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