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ハワイの新聞記事から その178 1930 ムサシヤ・ザ・シャツメーカーが会社組織にする(4) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。

現在は、1930年のホノルル・スターブリトゥン紙に掲載された、
ムサシヤ・ザ・シャツメーカーの記事をご紹介しています。



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『1930年 リバー通り沿いの有名なシャツメーカーが会社組織にする(4)

 商いには小説のような出来事は起こらないかもしれないが、
この小さな日系のシャツメーカーの話は
小説のような出来事と密接に関係しているのである。

 31年前(訳者補足:1899年に)、日本の武蔵の国出身の、
ある1人のシャツメーカー、宮本長太郎がホノルルにやって来た。

彼はホノルルに店を開き、ムサシヤ(武蔵屋=武蔵の国)と名付けた。

それはちょうど、ボストン出身の男が自分の店を
ボストン・ストアと名付けるようなものであり、
ヨーク生まれの人々が自分たちの新天地を
ニューヨークと呼ぶようなものである。

 その小さな店は、所有者・長太郎とその家族、
すなわち妻と2人の息子、孝一郎と喜代治の暮らしを、
1915年に長太郎が亡くなるまで、支えた。

その後、長男・孝一郎の上に、
家族を支え、かつ商売を営む負担がのしかかってきた。』




裏話を少々。

宮本一家の名前は、この新聞記事ではもちろん英文字表記で
「Chotaro」「Koichiro」「Kiyoji」と書かれており、
記事からは漢字表記はわかりません。

筆者は、ハワイの図書館で、日本語で表記された、日系人向けの人名録などを
かなりの時間をかけて調べた結果、
ようやく彼らの漢字表記を突き止めることが出来ました。
それが「長太郎」「孝一郎」「喜代治」だったのです。

上の翻訳にはさらっと書いてありますが
(サンサーフのHPでの、ムサシヤの紹介でも、普通に漢字で書かれています
 https://store.toyo-enterprise.co.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000000773&search=musashiya&sort=
 が、あれは筆者の原稿からの転載です)、
実は結構苦労して特定したんですよ。

カタカナ表記でもよかったんですが、
彼らが、「日系人」というよりも「日本人」的であったことを
漢字表記で表したかったのです(単なる自己満足で、誰にもわからないでしょうが・・・)。

例えば、孝一郎は子供の頃、日本で教育を受けるため、
日本(おそらく長太郎の両親の家でしょう)に送られているのです
(日系一世の中には、二世を日本人として育てたいとこだわった人たちがいました)。

筆者は当然ながら孝一郎に会ったことはありません
(かなり前になくなっていると思います)が、
流ちょうな日本語を話しただろうと想像しています。
話してみたかったなあ。



(次回に続く)

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