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ハワイの新聞記事から その45 1960 エルシー・ダースの芸術的才能(9) [ハワイの新聞記事から]

筆者が収集した、アロハシャツに関するハワイの新聞記事の中から、
面白そうなものをランダムに選び、翻訳してご紹介しています。

現在は、ホノルル・アドヴァタイザー紙の1960年の記事を翻訳しています。
話題は、戦前はテキスタイル・デザイナーとして活躍し、
戦後はドレスのデザイナーとなったエルシー・ダースについてです。



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『エルシー・ダースの芸術的才能(9)
 文/ペギー・マッケンジー

 「デザインは、あなたが持っている、あるいは持っていない何かであると
私は思います」とエルシーは簡潔に説明する。

 エルシーは1928年に姉のエレンを訪ねてハワイにやって来た。

エレンは、G・J・ワットムルと結婚していたのである。

そしてエルシーは、インド出身の別の興味深い男性、
ウペンドラ・クマル・ダースと出会い、彼と結婚した。

彼が博士号を取得するためにミネソタ大学に行ったとき、エルシーも同行し、
ミネソタ大学とミネアポリス美術館でアートを学んだ。

 素晴らしい科学者であり、ハワイ砂糖農園主協会の研究所長を勤めた
生化学者でもある彼女の夫は、
1937年にある爆発事故で死亡した。

夫妻の娘は、1930年にハワイで生まれ、
現在はニューヨークで夫と2人の子供と共に暮らしている。』




エルシー・ダースがインド系の科学者と結婚していて、
その夫が1937年に事故で死去したということは、
筆者も今回初めて知りました。

もしも夫が事故で死去していなければ、あえて働こうとはせず、
趣味の絵を描いて暮らしていたかもしれず、
デザイナーとして起業することもなかったかもしれません。

人生、何がきっかけになるかわかりませんね。




(次回に続く)

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