ハワイの衣料品製造業の歴史 その209 1950年 ハワイの1産業、生地プリント(12) [ファンダバーク著ハワイの衣料品製造業]
ファンダバーク教授の本『ハワイの衣料品製造業の歴史』の翻訳をお届けしています。
現在は、「戦中・戦後編」の章を少しずつ翻訳しているところです。
今回も引き続き「ハワイの生地プリント産業」の部分をご紹介します。
『1950年 ハワイの1産業、生地プリント(12)
1951年、ホノルルのハワイアン・エレクトリック社は、
「伸び行くコミュニティのための伸び行く産業。ハワイのスポーツウェア・・・
プリントで利益を出す」という題名の小冊子を出版した。
その中でハワイの生地プリントについて次のようなことが書かれている。
”これまでのところ最も一般的な手法であるロータリー・プリント
(訳注:円筒形に丸めたシルク・スクリーンを回転させて行うプリント。
筒の内側から顔料が出てくるところが、
円筒形の金属の外側に顔料を付けてプリントするローラー・プリントとは異なる)は、
本土の、主に東海岸にある「生地コンバーター」が行っているプリント法である。
この手法は、設備のサイズや必要とされる投資額が大きいため、
おそらくこれまでハワイでは行われてこなかった。
つまり、ハワイで消費される分量以上の反物をプリントしないと
利益を出せないのである。
それ以外の手法、主としてシルク・スクリーン・プリントが、
ハワイで行うことができ、また実際に試されて成功している手法である。” 』
(次回に続く)
現在は、「戦中・戦後編」の章を少しずつ翻訳しているところです。
今回も引き続き「ハワイの生地プリント産業」の部分をご紹介します。
『1950年 ハワイの1産業、生地プリント(12)
1951年、ホノルルのハワイアン・エレクトリック社は、
「伸び行くコミュニティのための伸び行く産業。ハワイのスポーツウェア・・・
プリントで利益を出す」という題名の小冊子を出版した。
その中でハワイの生地プリントについて次のようなことが書かれている。
”これまでのところ最も一般的な手法であるロータリー・プリント
(訳注:円筒形に丸めたシルク・スクリーンを回転させて行うプリント。
筒の内側から顔料が出てくるところが、
円筒形の金属の外側に顔料を付けてプリントするローラー・プリントとは異なる)は、
本土の、主に東海岸にある「生地コンバーター」が行っているプリント法である。
この手法は、設備のサイズや必要とされる投資額が大きいため、
おそらくこれまでハワイでは行われてこなかった。
つまり、ハワイで消費される分量以上の反物をプリントしないと
利益を出せないのである。
それ以外の手法、主としてシルク・スクリーン・プリントが、
ハワイで行うことができ、また実際に試されて成功している手法である。” 』
(次回に続く)
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