リンダ・アーサー著『20世紀のアロハ服』その34 1930年代~1945年の衣料品生産(1) [リンダ・アーサー著『20世紀のアロハ服』]
元ハワイ大学教授のリンダ・アーサー氏が書いた
『20世紀のアロハ服』という本の翻訳をお届けしています。
今回から、「1930年代~1945年の衣料品生産」に関する記述をお届けします。
『第4章「1930年代~1945年
衣料品生産(1)
1930年代の女性の服や着物は、
それ以前からずっと家庭で作られ続けているか、
あるいは輸入されていた。
1930年代の10年間は、労働着の大量生産で始まり、
衣料品産業の、主にスポーツウェアへの集中
(ちなみに20世紀の終わりである現在はスポーツウェアが支配的になっている)で
終わった時代である。
1930年代前半にはハワイ製衣料品のほとんどは労働着であったが、
1930年代半ばまでには、セイラー・モク・パンツのようなカジュアルな服が、
そしてセイラー・モク・スイムスーツまでもが支配的になり始めた。
そして2つの主要な衣料品メーカー、カメハメハとブランフリートが、
スポーツウェアを生産するために工場を立ち上げたのがまさに1936年である。』
上の記述を、少し補足しつつ、わかりやすく言い換えるなら、
「ハワイでの労働着は、労働者のための服として、
1922年から工場で生産され始めたが、
1930年代に入ってセイラー・モク・パンツなどが若者の間で
おしゃれ着と見なされるようになった結果、
より大量に生産されるようになった」
「1930年代半ばからはスポーツウェアに人気が移り、
1936年にカメハメハとブランフリートが設立された」
という感じでしょうか。
そして、労働着(ワーク・クロージング)から、
水着を含むスポーツウェアへと流行が変わる過程で、
メーカーも、ユニオン・サプライやセイラー・モク・プロダクツなどから
カメハメハやブランフリートなどへと変わっていったわけです。
ちなみに、セイラー・モク・パンツは、その名の通り、
水兵(セイラー)が穿くようなスラックスです。
両サイドにボタンが付いた、こんな ↓ 服です。
そしてそのようなセイラー・モク・パンツのデザインを水着に落とし込んだのが
セイラー・モク・スイムスーツ ↓ になります。
(筆者コレクションより)
王家の紋章のワッペンが付いているところを見ると、
「デューク・カハナモク」ブランドの、1938年頃のスイムスーツ
(のショートパンツ)だと思われます。
(次回に続く)
『20世紀のアロハ服』という本の翻訳をお届けしています。
今回から、「1930年代~1945年の衣料品生産」に関する記述をお届けします。
『第4章「1930年代~1945年
衣料品生産(1)
1930年代の女性の服や着物は、
それ以前からずっと家庭で作られ続けているか、
あるいは輸入されていた。
1930年代の10年間は、労働着の大量生産で始まり、
衣料品産業の、主にスポーツウェアへの集中
(ちなみに20世紀の終わりである現在はスポーツウェアが支配的になっている)で
終わった時代である。
1930年代前半にはハワイ製衣料品のほとんどは労働着であったが、
1930年代半ばまでには、セイラー・モク・パンツのようなカジュアルな服が、
そしてセイラー・モク・スイムスーツまでもが支配的になり始めた。
そして2つの主要な衣料品メーカー、カメハメハとブランフリートが、
スポーツウェアを生産するために工場を立ち上げたのがまさに1936年である。』
上の記述を、少し補足しつつ、わかりやすく言い換えるなら、
「ハワイでの労働着は、労働者のための服として、
1922年から工場で生産され始めたが、
1930年代に入ってセイラー・モク・パンツなどが若者の間で
おしゃれ着と見なされるようになった結果、
より大量に生産されるようになった」
「1930年代半ばからはスポーツウェアに人気が移り、
1936年にカメハメハとブランフリートが設立された」
という感じでしょうか。
そして、労働着(ワーク・クロージング)から、
水着を含むスポーツウェアへと流行が変わる過程で、
メーカーも、ユニオン・サプライやセイラー・モク・プロダクツなどから
カメハメハやブランフリートなどへと変わっていったわけです。
ちなみに、セイラー・モク・パンツは、その名の通り、
水兵(セイラー)が穿くようなスラックスです。
両サイドにボタンが付いた、こんな ↓ 服です。
そしてそのようなセイラー・モク・パンツのデザインを水着に落とし込んだのが
セイラー・モク・スイムスーツ ↓ になります。
(筆者コレクションより)
王家の紋章のワッペンが付いているところを見ると、
「デューク・カハナモク」ブランドの、1938年頃のスイムスーツ
(のショートパンツ)だと思われます。
(次回に続く)
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