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ハワイの衣料品製造業の歴史 その287 「メイド・イン・ハワイ」というレーベルの開発と承認(1) [ファンダバーク著ハワイの衣料品製造業]

ファンダバーク教授の本『ハワイの衣料品製造業の歴史』の翻訳をお届けしています。

この章「ハワイで製造される衣料品の種類」では、衣料品のタイプ別に語られており、
今回から「『メイド・イン・ハワイ』というレーベルの開発と承認」について
まとめた部分を、しばらくご紹介していきます。



「メイド・イン・ハワイ」というレーベルの開発と承認(1)

 1930年代後半にエルシー・ダースをはじめとする絵描きたちが
ハワイ柄のプリント生地のデザインを始めたあと、
広告の中には、ハワイ製のプリント衣料を紹介するにあたって
「ハワイアン」という用語を使い始めたものがいくつかあった。

この用語は戦争中も時々使われることがあった
(訳注:が、それほど頻繁に使われたわけではなかった)。

それが戦後になると、この用語は、
衣料品に関連して、より幅広く使われるようになった。

「ハワイが作るものがハワイを作る」というスローガンは、
もともとはホノルル商工会議所が
1930年代のハワイアン・プロダクツ・ウィークを宣伝する際に使ったものだが、
そのスローガンがハワイの地元向け市場でハワイのレーベルを
後押しすることになったのである。』



久しぶりにエルシー・ダースの名前が出てきましたね。
この方 ↓ です。

Elsie-Das-Hope-400.jpg

1930年~40年代に活躍した、ハワイ最初期のテキスタイルデザイナーの1人です。

早くから、ハワイ的なモチーフを前面に出したプリント柄を描いたという意味では、
ヴィンテージアロハシャツが生まれたきっかけを作ったとも言えるわけで、
「アロハシャツの母」と言っても過言ではないでしょう。



(次回に続く)

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