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ハワイの衣料品製造業の歴史 その245 1961年 ハイファッションの布地(6) [ファンダバーク著ハワイの衣料品製造業]

ファンダバーク教授の本『ハワイの衣料品製造業の歴史』の翻訳をお届けしています。

現在は、「戦中・戦後編」の章を少しずつ翻訳しているところです。
今回も引き続き、プリント生地についての話題となります。



『1961年 ハイファッションの布地(6)

  ”ケニー女史のような「布地スタイリスト」は
  デザインの職業訓練を受けた絵描きであり、
  プリント柄の、バランスの取れた一群を作り上げるために
  彼らは最良のデザインを選ぶ判断力を磨いてきた。

  布地アーティストは専門家になる傾向がある。”

  ”ケニー女史による色と絵の指示のもと、
  柄のアイデアを生みだすのに忙しくしているフルタイムの絵描きが8人おり、
  そのほかに、作品を提出するフリーランスの絵描きが数多くいる、
  と彼女は言った。”

  ”テキスタイル・デザインを行うことに関して、ケニー女史は説明した。

  「ハワイの服飾メーカーとは密接に仕事をします。

  彼らが行うスタイリングの種類が布地のデザインを触発するのです。

  それは共同の力作なのです。」” 』



「テキスタイル・スタイリスト」という呼び名が出てきました。
プリント生地のスタイルを決める人と言うような意味だと思いますが、
「テキスタイル・デザイナー」とほぼ同じ仕事のようです。




(次回に続く)

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